意図的再植
歯を残すための、最後の選択肢
「この歯はもう抜くしかないと言われた…」
「何度も根の治療をしているのに、なかなか良くならない…」
「なんとかして、自分の歯を残す方法はないだろうか…」
重度のむし歯や、複雑な根管治療の末、あるいは歯の根に問題が生じた場合など、残念ながら抜歯という選択を迫られることがあります。
抜歯は、患者様にとって非常につらい宣告であり、「できることなら自分の歯を残したい」と願うのは、誰もが持つ自然な感情です。
そのような状況下で、ごく限られた特定の条件が満たされれば、抜歯を回避し、ご自身の歯を保存できる可能性を探る、特殊な外科的治療法の一つに「意図的再植術(いとてきさいしょくじゅつ)」があります。
これは、文字通り、治療が困難な歯を一度意図的に抜歯し、お口の外で問題のある部分に直接処置を施してから、元の場所(抜歯窩:ばっしか)に再び植え戻すという高度な技術を要する治療法です。
しかし、しろきデンタルクリニックでは、この意図的再植術を、決して安易に行うべき治療法ではないと考えています。
成功するための条件が非常に厳しく、リスクも伴うため、その適応は極めて限定的です。
私たちは、常に他の確実な治療法(インプラント、ブリッジ、入れ歯など)との比較検討を最優先し、患者様にとって長期的に見て本当に最善の選択肢は何かを、共に慎重に考えていくことを基本方針としています。
このページでは、意図的再植術とはどのような治療なのか、そのメリットとリスク、そして当院での位置づけについて、詳しくご説明します。
意図的再植術とは
意図的再植術は、通常の根管治療や、歯茎側から根の先端にアプローチする歯根端切除術(しこんたんせつじょじゅつ)といった方法では、治療器具が届かなかったり、処置が困難だったりする歯の問題を解決するために考えられた方法です。

なぜ一度抜くのか?
歯の根の先端部分(根尖部)は、非常に複雑な形態をしていることがあります。
また、根管治療の過程で器具が折れて残ってしまったり、根の側面に誤って穴が開いてしまったり(パーフォレーション)、あるいは歯の根にひびが入ってしまったり(歯根破折)といったトラブルが起こることもあります。
これらの問題を、お口の中に歯がある状態のまま(口腔内から)完全に解決することが難しい場合に、一度歯を抜歯してお口の外に取り出すことで、問題のある箇所を直接目で見て(直視下で)、確実に処置を行うことを目的としています。
処置が完了した後、可能な限り迅速に、元の抜歯した穴(抜歯窩)に歯を戻し、固定します。
歯牙移植との違い
ご自身の他の歯(親知らずなど)を移植する「歯牙移植」と似ていますが、意図的再植は、あくまで「元々その場所にあった歯」を一度抜いて、処置を加えてから同じ場所に戻すという点が異なります。
成功の鍵は「歯根膜」
歯牙移植と同様に、意図的再植術の成功にとっても、歯の根の表面を覆っている「歯根膜(しこんまく)」という薄い組織を、いかに損傷させずに温存できるかが極めて重要です。
歯根膜は、歯と顎の骨をつなぎ、噛んだ時の感覚を伝えたり、力を和らげたりする大切な役割を担っています。
抜歯の操作や、お口の外に出ている間の乾燥などによって歯根膜が大きなダメージを受けると、歯がうまく生着しなかったり、骨と直接くっついてしまう「骨性癒着(アンキローシス)」を起こして歯根膜の機能が失われたりするリスクが高まります。
そのため、意図的再植術では、抜歯から再植までの時間を可能な限り短縮し、その間、歯根膜を乾燥や汚染から保護するための細心の注意が払われます。
どのような場合に意図的再植術が考慮されるのか? – 当院での限定的な適応

意図的再植術は、様々な文献で、以下のようなケースへの応用が報告されています。
- 歯茎の下深くに歯の根だけが残ってしまい(残根状態)、通常の処置では被せ物などが作れない場合
- 通常の根管治療で治癒しない、根尖(歯の根の先)の病巣(根尖性歯周炎)
- 根管治療中に器具が根の中で折れてしまい、除去できない場合
- 歯の根の側面に穴が開いてしまった場合(パーフォレーションの封鎖)
- 歯の根が部分的に割れている、またはひびが入っている場合(歯根破折)の一部
しかし、これらのすべてのケースで意図的再植術が有効というわけではありません。
むしろ、成功率や長期的な予後(長持ちするかどうか)を考慮すると、適応となるケースは非常に限られています。
当院における意図的再植術の適応方針
しろきデンタルクリニックでは、これまでの経験と、近年の他の治療法(特にインプラント治療)の進歩を踏まえ、意図的再植術の適応については極めて慎重な姿勢をとっています。
当院で意図的再植術を検討する可能性があるのは、主に「残根の挙上(挺出)」を目的とする場合です。
これは、歯茎の下に埋もれてしまった歯の根を、被せ物などの最終的な修復処置が可能となるように、意図的に少し歯茎の上に持ち上げて(挺出させて)固定し直す、という特殊なケースです。
一方で、「根尖病巣(歯の根の先の膿の袋)の除去」を主目的とした意図的再植術は、当院では原則として行っておりません。
その理由として、根尖病巣に対しては、精密な根管治療や、場合によっては歯根端切除術といった、より成功率が高く予知性の高い治療法が存在すること、また、意図的再植に伴うリスク(歯根破折、歯根膜損傷、歯根吸収など)を考慮すると、必ずしも患者様にとって最善の選択とは言えない場合が多いと考えているためです。
もちろん、残根の挙上を目的とする場合であっても、抜歯時のリスク(歯根破折など)、再植後の生着の可能性、そして何よりもインプラントやブリッジ、入れ歯といった他の治療法と比較して、総合的にどのようなメリット・デメリットがあるのかを徹底的に検討します。
その上で、意図的再植術が現時点で考えうる最善の選択肢であり、かつ成功の見込みが十分にあると判断される、ごく限られた状況においてのみ、患者様にご提案させていただく可能性があります。
意図的再植術のメリット
歯を残せる可能性
適応が限定的であるとはいえ、意図的再植術が成功した場合、以下のようなメリットが期待できます。
- ご自身の歯を保存できる
最大のメリットであり、治療の主目的です。「抜歯しかない」と診断された歯を残せる可能性があります。 - 問題部位への直接的なアプローチが可能
お口の外に取り出すことで、通常の治療ではアクセスが困難な根の先端や側面などの病変部を、直接目で見て確実に除去したり、封鎖したりすることが可能になります。 - 歯根膜の機能温存の可能性
成功すれば、歯根膜が持つ自然な咬み心地や、衝撃を吸収するクッション機能などが維持されます。
意図的再植術のデメリットと高いリスク
意図的再植術は、そのメリットの裏返しとして、以下のような多くのデメリットと高いリスクを伴います。
これが、当院が適応を非常に慎重に判断する理由です。
- 成功率が確実ではない、予後不良のリスク
意図的再植術は、様々な要因に影響されるため、残念ながら100%成功する治療ではありません。歯根膜の状態、抜歯時のダメージ、お口の外での処置時間、再植後の固定状態、感染の有無などによって、歯が生着しない(固定されずに抜けてしまう)、あるいは早期に問題が生じる可能性があります。インプラント治療などと比較すると、長期的な成功率は低いと考えられています。 - 歯根膜へのダメージリスク
どんなに慎重に抜歯を行っても、歯根膜に全くダメージを与えずに抜くことは非常に困難です。歯根膜が大きく損傷すれば、生着は期待できません。 - 抜歯時の歯根破折リスク
特に、神経のない歯や、大きな土台(コア)が入っている歯は、天然の歯に比べて脆くなっています。抜歯操作の際に、歯の根が途中で割れてしまう(歯根破折)リスクがあります。もし破折してしまった場合は、再植することはできません。 - 歯根吸収のリスク
再植後に、体の防御反応などによって、歯の根が徐々に溶けて吸収されてしまう現象(歯根吸収)が起こることがあります。これが進行すると、歯は最終的に脱落してしまいます。 - 骨性癒着(アンキローシス)のリスク
歯根膜が失われた状態で再植されると、歯の根と顎の骨が直接くっついてしまうことがあります。これを骨性癒着(アンキローシス)と呼びます。一見、しっかりと固定されているように見えますが、歯根膜の持つクッション機能や感覚機能は失われています。また、アンキローシスを起こした歯は、周囲の骨の成長や変化に取り残され、長期的には咬み合わせの不調和などを引き起こすことがあります。 - 再感染のリスク
お口の外での処置中や、再植後の封鎖が不完全な場合に、再び細菌感染を起こす可能性があります。 - 外科的侵襲
抜歯と再植という、二度の外科的な処置(または一連の外科処置)が必要となり、術後の腫れや痛みを伴います。
これらのリスクと、治療の不確実性を十分に理解した上で、それでもなお意図的再植術に挑戦するメリットがあるのかどうかを、冷静かつ慎重に判断する必要があります。
当院における意図的再植術の位置づけ

しろきデンタルクリニックでは、意図的再植術を、歯を残すための「最後の手段」の一つとして捉えています。
しかし、それは他の確立された治療法と比較検討した上で、なおメリットがあると判断される場合に限られます。
意図的再植術を検討する際には、必ず以下のステップを踏みます。
- 現状の正確な把握
なぜその歯が問題となっているのか、通常の根管治療や再根管治療、歯根端切除術などで対応できないのかを、CT検査なども含めて徹底的に診査・診断します。 - すべての治療選択肢の提示
意図的再植術だけでなく、- 再度の根管治療(精密根管治療)
- 歯根端切除術
- 抜歯
- 抜歯後の治療法(インプラント、ブリッジ、入れ歯)
といった、考えられる全ての治療選択肢について、それぞれのメリット・デメリット、成功率の見込み、治療期間、費用などを詳しくご説明します。
- 総合的な比較検討
患者様のご希望、年齢、全身状態、ライフスタイル、そして長期的な予後(どれだけ長持ちするか、将来的なリスクはどうか)などを総合的に考慮し、どの治療法が患者様にとって最も有益であるかを、患者様と一緒に考えます。 - 十分な情報提供と納得
私たちは、決して意図的再植術を強く推奨することはありません。治療に伴う高いリスクと不確実性についても、包み隠さず正直にお伝えします。患者様が全ての情報を理解し、十分に納得された上で、最終的な治療法を選択していただくことを最も大切にしています。
繰り返しになりますが、当院では、根尖病巣の治療を主目的とした意図的再植は原則行わず、主に残根の挙上など、他の方法では対応が難しい、ごく限られたケースでのみ、選択肢として検討することをご理解ください。
意図的再植術をご検討の方へ
- 正しい理解と、慎重なご判断を
意図的再植術は、特定の条件下で、抜歯を回避しご自身の歯を残せる可能性を秘めた、高度な歯科治療技術の一つです。
しかし、それは決して万能な治療法ではなく、多くのリスクと不確実性を伴い、その適応は非常に限られます。
しろきデンタルクリニックでは、意図的再植術の可能性を探る際には、まず他のより確実性の高い治療法との比較検討を徹底し、患者様にとって長期的に見て本当に最善の選択肢は何かを、共に考え抜くことをお約束します。
私たちは、この治療法のリスクと限界についても、正直に、そして詳しくご説明いたします。
もし、「抜歯しかない」と言われた歯について、意図的再植術の可能性も含めて相談したいとお考えでしたら、どうぞ一度お声がけください。
ただし、過度な期待はせず、まずはご自身の状況を正確に把握し、あらゆる選択肢について正しい情報を得た上で、最も納得のいく道を選んでいただくことが大切です。
そのためのサポートを、私たちは誠心誠意させていただきます。