歯のこと
2026年10月05日

「インビザラインでできますか?」その前に確認したいこと―良い治療結果につながる治療方法を選ぶために―

当院では、マウスピース矯正の中でも「インビザライン」を使用しています。

インビザラインは、アメリカで開発され、1990年代後半に実用化されたマウスピース型の矯正治療システムです。

患者さんのお口の中をスキャンして得られたデジタルデータをもとに、コンピューター上で歯の動きを計画し、その計画に合わせて作製された透明なマウスピース(アライナー)を順番に交換しながら、少しずつ歯を移動させていきます。

現在ではさまざまなマウスピース矯正のシステムがありますが、当院ではこれまでの実績や、治療計画を組み立てていく設計プロセスなどを考慮して、インビザラインを使用しています。

「インビザラインでできますか?」に、その場で「はい」と言わない理由

初診相談では、

「マウスピース矯正がしたいです」「できればインビザラインで治療したいです」

というご希望をいただくことがよくあります。

透明で目立ちにくく、食事や歯磨きの際には取り外すことができるマウスピース矯正は、多くの患者さんにとって魅力的な治療方法だと思います。仕事や学校の都合で目立つ装置が難しい方や、以前ワイヤー矯正で苦労した経験のある方から希望されることもあります。

そのお気持ちは僕もよく理解できますし、できることなら患者さんのご希望に沿った方法で治療したいと思っています。

しかし、僕はその場では「では、インビザラインで始めましょう」とはお答えしません。

僕が確認したいのは、単に「インビザラインで歯を動かすことができるか」ではなく、「その患者さんが目指す治療結果を、インビザラインで無理なく実現できるか」だからです。

では実際に、歯科医師は何を見て判断しているのでしょうか。

インビザライン相談で診るのは、「前歯の歯並び」だけではありません

例えば、「前歯のガタガタをインビザラインで治したい」というご相談があったとします。

もちろん前歯の状態も確認しますが、それだけを見て治療方法を決めるわけではありません。

奥歯が現在どこにあるのか。前後や内外へ傾いていないか。それぞれの歯の形や状態に問題はないか。上下の歯はどのくらいの高さで噛み合っているのか(咬合高径)。歯が並ぶ面はどのような傾きになっているのか(咬合平面)。さらに、歯列の後方には歯を動かすためのスペースが残っているのか(ポステリアディスクレパンシー)などを確認します。

そして、もう一つ大切なのが、下顎がどの位置で噛んでいるのかという「顎位」です。

上顎は頭蓋骨と一体になっているため、噛むときに動くのは下顎です。そのため、上下の顎の位置関係を考える際には、下顎が前後・左右のどの位置で噛んでいるのかを確認します。

つまり、患者さんが気にされているのが前歯であっても、僕たちが診ているのは前歯だけではありません。

前回のコラムでは、「歯を並べるスペースが足りないように見えても、奥歯が前方へ移動したり傾いたりしたことで、本来あったスペースが失われていることがある」というお話をしました。

そのような場合には、単に新しいスペースを作るのではなく、奥歯の位置や傾きを整えて、本来あったスペースを取り戻すことができないかを考えます。

ここまで診査して、初めて「どの歯を、どこへ動かす必要があるのか」が見えてきます。

噛み合わせ全体を確認して矯正を進める歯科医師

前歯の見た目だけでなく、奥歯の位置や上下の歯の噛み合わせ、下顎の位置なども含めて確認します。

大切なのは、「どれだけ動かすか」だけでなく「どう動かすか」

ここからお話しする装置の使い分けは、これまでの治療経験をもとにした現時点での当院の考え方です。症例によって条件は異なり、治療方法についてもさまざまな考え方があります。

インビザラインとワイヤー矯正の選択では、歯をどの方向へ、どのように動かしたいのかが大切なポイントになります。

「マウスピース矯正は簡単な症例、難しい症例はワイヤー矯正」と思われるかもしれませんが、実際にはそれほど単純ではありません。

インビザラインは、歯列全体を少しずつ動かしたり、離れた場所にある複数の歯を同時に動かしたりすることで、効率よく治療を進められる場合があります。例えば、奥歯を後方へ移動させながら歯列全体のスペースを調整していくような治療では、その特徴を活かせることがあります。

一方で、歯を噛み合わせる方向へ引き出す動き(挺出)や、大きく回転させる動きでは、ワイヤー矯正の方がコントロールしやすいことがあります。歯を押し込む動きや傾きを変える動きについても、歯の種類や移動量などによってはワイヤー矯正の方がスムーズに進められることがあります。

反対に、噛み合わせが深く、ワイヤー矯正では上下の装置がぶつかってしまうような場合には、マウスピースを装着すること自体が治療を進めるうえで有利に働くこともあります。

歯の動かし方の説明

矯正治療では、歯列全体の幅や奥歯の位置を調整しながら、歯を並べるスペースを確保することがあります。また、個々の歯にも、引き出す・回転させる・傾きを整えるなど、さまざまな動きが必要です。

当院では、こうした動きの種類や組み合わせを考え、治療方法を検討しています。

つまり、

「難しいからワイヤー」
「簡単だからインビザライン」

と決めているわけではありません。

どの歯を、どの方向へ、どのように動かす必要があるのか。

そこまで考えて、それぞれの装置の特徴を活かせる方法を選択しています。

歯を並べた先に、「どこで噛むのか」を考えています

ここからは少し難しい話になります。

矯正治療では、歯をきれいに並べることだけを考えているわけではありません。

当院では、治療が終わったときに、「下顎がどの位置にあり、そこで上下の歯がどのように噛み合うのか」まで考えて治療計画を立てています。

例えば、一見すると上の前歯が出ているように見えても、実際には下顎が後ろに位置していることがあります。反対に、下顎が前方に位置し、反対咬合になっている場合もあります。

このように、現在の歯並びだけではなく、上下の顎の位置関係まで考えると、目指すべき治療のゴールが変わってくることがあります。

下顎が無理なく機能できる位置で噛めるようにするためには、奥歯の高さを変えたり、歯が並んでいる面の傾きを整えたりしながら、上下の歯が噛み合う関係そのものを変えていく必要があります。

一つの歯だけを動かせば解決するわけではなく、ある歯を少し上へ、別の歯を少し下へ、さらに傾きを変える、といった複数の動きを組み合わせながら、噛み合わせ全体を三次元的に整えていきます。

顎の位置を大きく変える必要がある症例では、このような細かな歯のコントロールが治療結果を左右します。そのため、

「インビザラインでも歯を並べることはできるけれど、最終的な噛み合わせまで考えるとワイヤー矯正の方が仕上げやすい」

と判断することがあります。

反対に、顎の位置を大きく変える必要がなく、歯列全体を少しずつ動かすことで良い噛み合わせを目指せる症例では、インビザラインの特徴を活かしやすいことがあります。

例えば、上下の顎の前後関係に大きな問題がなく、歯の重なりを整えていくような症例や、比較的軽度の上の前歯の突出を改善していくような症例では、インビザラインでスムーズに治療を進められる場合があります。

つまり、インビザラインが適しているかを考えるときには、現在の歯並びだけではなく、「治療後にどのような噛み合わせをつくりたいのか」を先に考えることが大切なのです。

どこで噛むのかを考えるイメージ

上顎に対して下顎がどの位置で噛んでいるのか。前後・左右の位置と噛み合わせの高さ(咬合高径)も、治療計画の中で確認します。

「歯」だけではなく、「その患者さん」も診ています

もう一つ大切なのが、患者さんご自身がその治療方法を無理なく続けられるかどうかです。

インビザラインは取り外しができることがメリットですが、「自分で取り外せる」ということは、患者さんご自身で管理していただく必要があるということでもあります。

決められた装着時間や交換時期を守ること、紛失や破損に注意すること。こうした患者さんのご協力が治療の進み方や結果に大きく関係します。

特に低年齢のお子さんでは、治療の仕組みを理解し、ご自身で継続して管理することが難しい場合があります。

中学生くらいになると、ご本人の理解や治療への意欲によって十分治療できることもあります。一方で、保護者の方の希望が先行し、ご本人がまだ治療の必要性を十分に理解・納得できていない場合には、装着時間や交換時期を守ることが難しくなることもあります。

もちろん、これは子どもだけの問題ではありません。大人の方でも、仕事や生活環境によって長時間の装着や毎日の自己管理が負担になる場合があります。

つまり、歯の状態だけを見ればインビザラインに適していても、その患者さんにとってインビザラインが適しているとは限りません。

年齢や生活スタイル、治療への理解やご希望まで含めて考えることも、治療方法を選ぶうえで大切です。

患者さまに合わせた治療方法を提案する様子

インビザラインの特徴を活かせる症例では、積極的に選択しています

ここまで、インビザラインを選択する際に慎重に確認していることをお話ししてきました。

しかし、これはインビザラインという治療方法に消極的だからではありません。

インビザラインには、ワイヤー矯正にはない優れた特徴があります。

透明で目立ちにくく、食事や歯磨きの際に取り外すことができるという日常生活上のメリットはもちろんですが、治療という面でも、歯列全体を少しずつ動かしたり、離れた場所にある複数の歯を同時に動かしたりできることが、その患者さんに必要な歯の移動とうまく合う場合があります。

実際に当院でも、診査・診断の結果、

「この患者さんなら、インビザラインの特徴を十分に活かして良い治療結果を目指せる」

と判断した場合には、積極的にインビザラインをご提案しています。

ワイヤー矯正の代わりとして仕方なく選ぶ治療方法ではなく、症例によっては、インビザラインだからこそ、その特徴を活かしてスムーズに治療を進められることもあると考えています。

だからこそ大切なのは、最初からインビザラインに決めることでも、反対にインビザラインを避けることでもありません。

その患者さんに必要な歯の動きと、インビザラインの特徴が合っているかを見極めること。

それが、インビザラインの良さを十分に活かすことにもつながると考えています。

「インビザラインができるか」ではなく、「良い結果につながるか」

患者さんから、

「私の歯並びはインビザラインで治せますか?」

と聞かれることがあります。

もちろん、とても大切なご質問です。

ただ、僕たちが診査・診断で考えているのは、単純な「できる・できない」だけではありません。

現在の歯や奥歯の位置、治療後に目指す噛み合わせや顎の位置、そのために必要となる歯の動かし方、そして患者さんご自身が無理なく治療を続けられるか。

そうしたことを一つずつ確認したうえで、

「この患者さんにとって、インビザラインが良い治療結果につながる方法なのか」

を判断しています。

診査・診断の結果、インビザラインが適しているのであれば、その特徴を活かして積極的に治療に取り入れます。一方で、ワイヤー矯正や両方を組み合わせる方が良い結果につながると考えれば、その理由をご説明したうえで別の方法をご提案します。

マウスピース矯正をご希望されている方も、まずはそのお気持ちをお聞かせください。

ご希望を大切にしながら、「どの装置を使うか」だけではなく、「どのような治療結果を目指すのか」を一緒に考えていきたいと思っています。

佐藤大樹

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